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トラウマ いじめという心の傷を放っておくと大変なことになる

いじめを受けた人でいつまでもトラウマ処理をしていないと、ずっと自分の首を絞め続けることになりかねないという話をしたいと思います。
僕はイジメを受けてきました。
それがきっかけで対人恐怖症になりました(他にも原因はありますが直接的な大きな原因は正にイジメの記憶です)

僕のようにいじめを受けた人間はものすごい数がいます。
大体クラスに一人はいたし、中学に入ってからいじめられたり、クラス替えでいじめられたり、毎日のようにいじめのつらい記憶を持ってしまう子供が増産されています。
今だって会社内の陰湿なイジメがあるかもしれません。
ご近所づきあいでのイジメも。
こう書くと人の悪意に振り回されることがいかにマイナスか、本当によくわかります。
やっぱりしっかり自分を持つ以外に世の中を渡る以外ないのかなと強く思っちゃいました。
(だから自分の進んでいる道は間違いではない! やってやるぞ!)

さて、僕もいじめられた人間の一人で、いじめという心の傷がどれだけ対人恐怖症に悪影響になったのか、今回は書きたいと思います。
いじめ問題は中学の時にいじめられていたとして、卒業したから「はい、お終い。これからは元気に明るく前向きに生きましょう!」とはならないのです。
いじめられなくなって良かったね! ではない!

一生その人の行動や思考、感じ方を決定づけます。もちろん悪影響だけです。
何より苦しいことは、人が怖くなることです。
不必要に緊張して、神経が麻痺、もしくは暴走してしまいます。
いじめを受けた人で、対人緊張や対人恐怖症にならない人はいないんじゃないかと思うくらい、その威力は絶大です。
僕はどれだけいじめで、心に深い傷を負ってしまったかわかりません。
どれだけ自分の尊厳を踏みにじられ、自信を失わせ、自分を嫌いになり、常に受け身の人生、不安ばっかり感じるようになってしまったか!

今は僕はいじめられていたことを人に言っても、深刻とはとらえられないでしょう。
消化がされていますし、そう見えないと言われもしました。
でも、必死でいじめられてきたことを見せないように頑張ってきたからということもあります。
でも、その代償は自分を見失い精神的にボロボロになりました。
もう人生に疲れ果てて死にたい毎日でした。

いじめを受けていたことを人に知られたくない、知られたらお終いだと思って頑張ってきたにもかかわらず、得られた見返りはゼロでした。
それどころかボロボロになっただけですね。
そして、自分の潜在意識にいじめのつらい記憶を抑圧したことによって、時々どろどろとしたマイナスの感情が意識に表出することで、ひどく憂鬱になり、イライラしたり焦ったり、緊張で押しつぶされたり、動悸でパニックになりかけたり、満足に息すらも吸えなくなったくらいです。
絶望、不安感、孤独感、怒り(しかしはけ口はない)、劣等感、焦燥感、嫉妬、いくら出してもきりがありません。

いじめを受けた以上、いじめは自分だけは隠し通せるものではありませんでした。
そして、人にいじめを受けた過去を知られないように頑張ったことすらも、己を疲れ果てさせただけでした。
もうぼっろぼろのずたぼろでした。

僕は自分の運命を呪いました。
いじめを受けていた時のプレッシャー、劣等感、恐怖感。
それを卒業してからホッとするどころか、ますます人に対して恐怖感を持ってしまうし、ストレスに弱くなってしまう。
いじめから解放されても、決していじめというトラウマは僕を解放してくれませんでした。
これではいじめていた奴らだけでなく、自分からもいじめられていたも同然です。
奴らに自分の内面が荷担してなぶり続けていたのです。
そんなんじゃ、自分なんか好きになれるわけないし、一生つきあっていくことなんかごめんでした。
早く死にたい、消え去りたい、このままいなくなりたい、それが最大の夢でした。

それじゃ人生は楽しいことがあるわけないし、感情的な高まりなんかおこりようがありません。
ずっと抑うつ状態で過ごしていました。頭が重く憂鬱で、何をするにも気持が高ぶらない・・・・
いじめの過去を見ないで必死で努力して過ごしたとしても、この体たらく。最悪でした。
普通に生きることすらできない人生を呪いました。

このまま一生心を抑圧して、最悪の精神状態のままおいて死んでいくだけしかできないのか?
未来を考えるだけで心がひどく重くなりました。
岩波先生に相談するまで、そんなことばっかり考えていたものです。

いじめは、一生続いていく問題です。
心がある限り、心の奥底に押しつぶしたとしても、無意識の領域がある限り逃げられっこありません。
隠そうとしても隠しきれるものではないし、一番自分だけはいじめのトラウマを見たくなくても見続けなければいけなかったのです。

どれだけ必死に努力して無意識、潜在意識に押し込めてしまっても、隠し通せるものではありませんでした。
ならば、解放して、トラウマ処理してしまおうというのが、僕のまずやるべきことじゃないのか?
それで探し始めたのが、潜在意識、無意識からのトラウマ処理の方法でした。
逃げ切れない、それならば過去に立ち向かおうと。

最初はいじめのトラウマを見ることはつらいことでしたが、今では全く平気になっています。
僕自身が強くなったこともありますし、トラウマの消化もできていると言うことなんでしょうね。

いずれトラウマ処理(岩波先生の所ではルーツ分析・整理作業)をどのようにやっていったか、その時の精神状態や解放された時の安堵感、それがどのように自分の心の安定につながっていったのか書いていきたいと思います。
もう一度僕自身を見直すいいチャンスですから。




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Tag : いじめ 社会不安障害 対人恐怖症 人間関係 トラウマ 抑圧 イジメ

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